エゴノキでヤマゲラ聞いてるわたしの音

Date

Around Japanese Snowbell,
A varied tit listens in
My covert ops

人は死ぬと愛の塊になる。
だから、残された人は心置きなく
目の前の幸せをつかんでいいんです。

ひとりさんの一日一語 (令和編)

8月8日は立秋でした。SNS上はライオンズゲートポータルが開く日とのことで、それをいろいろなことにつなげている内容でにぎわっていました。東京2020のオリンピックが閉幕しましたね。ちょっと暑さも和らいでくれるといいです。コロナの感染者数の報告が増えていますので、避暑にどこかに行くわけにもいきませんしね。

さて、わたしと弟は、父と生き別れていました。しかし、わたし達は仲良く暮らしてきた家族ではなく、弟は10代のころから家を出て、わたしは20代でフィリピンに行ってバラバラに生きてきたんです。弟のことは知りませんが、わたしは一度父を探そうとした時期がありました。8~9年ぐらい前、思えば、母が亡くなったことをきっかけに探そうと思ったのでしたが、当時から「もう亡くなっているかもしれない」と思って、半分あきらめていました。それに再婚して異母兄弟がいたら、耐えられないとも思っていました。そして父がわたし達を見つけて連絡してきたのが、2年前の3月。最近、父の兄である叔父が、パソコンでA4の紙に2枚にわたって叔父の思いをしたためた手紙を送ってくれました。

手紙を読んだときに、「男と女のことが、当時年端もいかない子供だったわたし達にわかるはずがないじゃないか。今だって知りたくない」とました。そして、老い先短い叔父の手紙を、「これ以上わたしの心の傷をかき回さないでくれ。世話にならずに大人になったのに、今さらあれしろ、これしろと言う権利はないはず」と思いました。それにね、ずっと一緒に生きてきて何も問題がなかったかのような親子の会話なんてできませんでしたよ。心が泡立って悲しいとか、怒りの感情に振り回されてしまいました。父と生き別れたとき、わたしの年齢は10歳。わたしは「10歳の心の傷」が血を流したまま大人になっていたようで、残っていたんですね。

でもね、叔父だって、傷ついた父を見守ってきたから、善意で手紙を書いたんですね。父を傷つけた母の「悪行」もわたし達に伝えたかったのでしょう。それ、わかります。また叔父として、何かしてくれようとしたのでしょうね。わたしだって1字1句全部受け止めてあげられないけど、その必要もないですね。また叔父も、ただ胸の内を言いたかったことでしょう。だから、「お手紙ありがとう」と、はがきでも書こうかなと思いました。

叔父の気持ちを汲んであげようかなと思ったら、わたしの10歳の心の傷が血を流すのをやめたみたいです。

わたしはまだまだ、もっと幸せになる予定です。その計画に父は入ってなかったんだけどね、母がわたし達に与えた暗い傷跡は織り込まれちゃっていたな~。一人さんによると、母は死んで愛の塊になったらしいですし、叔父の手紙のおかげで、「10歳の心の傷」も治り始めたしね、やっぱりわたしは残りの人生幸せになるしかなさそうですね。

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