逐次通訳のためのノートテイキング

空のように、私のノートの取り方もかたちを変えていく。それでいいのです。

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逐次通訳では、ノートテイキングが訳出を左右します。 端的に言って手元に文字起こしとか、原稿に近いものがあれば、それを読めば正確に訳出できるのです。一つひとつの言葉、数字、そしてニュアンスを話すスピードに合わせて書き留めるのは、匠の技です。今日は速記と抽象画のあいだのような芸術の話をしようと思います。

話者Aが話した言葉を話者Bの言語に訳出し、話者Bがそれを聞いて、回答する。話者Bが話した言葉を、話者Aの言語に訳出する。これが逐次通訳、consecutive interpretationです。一つひとつの言葉、数字、そしてニュアンスを、話者が話すスピードに合わせて書き留めるのは、あえて言います、匠の技です。今日は速記と抽象画のあいだのような、クリエイティブで、しかし日の目を見ない「芸術」の話をしようと思います。

何にノートテイクするのか

長いあいだ、ノートテイキングは紙のノート派でした。会議前にカンペを作るので、紙のノートがちょうどよかったのでした。また、コロナ前はオフィス勤務で、コピー用紙の裏紙が無限に使えました。足りなくなったらプリンター室へ行けばいいし、仕事が終わればシュレッダーの「ガガガ…」という機密保持の音に安心していました。

でも在宅勤務になると、そこはもう利用できません。自分でノートを買い、使い終わったら自宅用のシュレッダーで廃棄処理….。その頻度、出費、シュレッダーにかかる時間、チップの処理、ちょっとしたペーパーリサイクル業のようで、驚きました。オフィスの設定に遅まきながら感謝したものでした。

後日デジタル化したのですが、それまでには、自分なりのシステムを編み出しました。まず白い紙面にシャープペンでノートを取ります。0.5mmの芯はすぐ折れて、1字も持たないことがあります。会議の参加者の気が散ってしまうほどです。だからお勧めは0.9mm。1面に書き終わったら、その紙面はすぐ捨てず、次に黒のボールペン(0.5㎜)でノートを取ります。その紙面には赤のボールペンでノートを取ります。こうすれば一枚の紙を三度使える、なかなかエコな方法です。

何をノートテイクするのか

ノートテーキングは、すべての言葉を書くことではなく、「自分が思い出して再現できるように書くこと」。各スピーカーの発言のキーメッセージを残し、それが次のスピーカーにどう引き継がれたかを意識して次のキーメッセージを書きます。

シンボルや略語はスピードを保つために必須。メールは✉、送信は→、ITのプロジェクトでは同期や反映のシンボルも便利です。わたしの仕事ではシステム名が3文字のアルファベットであることが多く、似たようなアルファベットが違う並び方をして、全然違うシステムをさすので、きちんとノートに取ります。

また、予算の会議や運営委員会で出てくる大きな金額は正確に再現するために千の代わりにKや、百万の代わりにMilを使ってしっかり書き残します。同時通訳の時でも聞きながら訳出しながら数字だけはノートを取ります。

iPad時代

そしてとうとうわたしのノートテイクもデジタル化に踏み切りました。タブレットは基本的に1台で何役もできて便利。しかも何冊もノートも買わなくていいし、終わった後も削除すればよくて、シュレッダー作業も不要となりました。バラの紙にノートテイキングすると、数ページに渡った際に順番がわからなくなる時もあります。でも、タブレットではその可能性もありません。

ただ、よいことばかりでもない。ノートテークが長くなりすぎると、突然データが飛んでしまうのです。「このへんでやめて」と言わんばかりに。

今年買い替えたiPadには手書きをAIで「きれいに」してくれる機能がついています。ありがたいようで、正直余計なお世話。わたしの「円」を図形に変えたり、独自の略号を謎の記号に修正されたりすると、紙のカオスが恋しくなります。

一つにこだわらない

でもね、紙でもタブレットでも、心地よく使える形を決めておくことをお勧めします。タブレットやスタイラスも使えばバッテリーが減っていくものです。ノートテイクが必要な逐次会議の直前に「あ!バッテリーが。。。」と気づいて焦ることもあります。ひとつのツールだけではバックアッププランもないわけで、場面に合わせて選べて、平常心でいられる、それが理想ですよね~。

AIはこれからもどんどん広がる様相です。わたしはAIと共存し、そして自分のカオスを愛し続けます。

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逐次通訳では、ノートテイキングが訳出を左右します。 端的に言って手元に文字起こしとか、原稿に近いものがあれば、それを読めば正確に訳出できるのです。一つひとつの言葉、数字、そしてニュアンスを話すスピードに合わせて書き留めるのは、匠の技です。今日は速記と抽象画のあいだのような芸術の話をしようと思います。

優秀な通訳、溝をつないで次のステージへ

優秀な通訳チームはどこにいる?

P社というフィンテック企業で働いていた頃のことを、しばしば思い出します。 数ある通訳の現場の中でも、あの時期が特別だったのは、「優秀なチーム」を全員が作っていたからです。では、どうやって?

それでも逐次通訳が大切な理由

最近の通訳界にもAIの技術が押し寄せてきています。AI字幕、瞬間翻訳ガジェット。
そんな中でも、「逐次通訳」はまだ現場で求められていて、その理由を日々感じます。発注側が設計側に説明するとき、通訳者の訳し方と、その回答を確認しながら話を進めたいようなのです。会議の効率化のため、同時通訳を提案したいときもありますが、逐次通訳を続けている理由も、事情もあります。