わたしの働いていたセブのダイブショップは、当時、カイザー髭のマンフレッドが経営していました。
わたしが「脳梗塞の母を看病するために、突然だが明日帰国をする」といったとき、お店でサンミゲルビールをおごってくれて、少し時間を取って話してくれました。
景気が悪くて、自分も苦しいので、退職金が出せない。普通の経済状態であれば、退職金を出す会社なのだ。許してくれ。その代りに、ダイビングコンピュータはプレゼントする。(これはその後4年ぐらい使って、最後は壊れました。)
君がマーケティングで努力して数年経った。たとえれば種をまいて水を上げてやっと芽が出たところなのに、帰らなくてはならないとは残念だ。本当は帰ってほしくはない。
- 君を娘のように思って愛してきた。だから寂しくなる。君が偽物の父から離れて、本当の母を幸せにすると考えれば、少し寂しくなくなる。
I love you as my own daughter. So I will miss you. But I feel a little bit happy that you leave your fake father to be with your mother and make her happy.
今、思い出しても涙が出ます。あれほど深い愛の言葉を言われたことがなかったし、今でもありません。
痴呆の母を介護すると決めたとき、その後、数年間、自分にセブを封じました。行きませんでした。マンフレッドに会ったら、辛い日々を過ごしていると話してしまう。話してしまったら、頑張れなくなってしまう、母を捨ててセブへの飛行機に乗ってしまうと思ったからです、
一番、大切に思ってくれる人に会わないなんて馬鹿なことをしたものです。人の命には終わりがあり、一昨年前、マンフレッドも亡くなりました。彼もまた若年性痴呆で、食事が出来なくなっていたのでした。
- 君を娘のように愛している。だから寂しくなる。でも君が偽物の父から離れて、本当の母を幸せにすると考えれば、少し寂しくなくなる。
I love you as my own daughter. So I will miss you. But I feel a little bit happy that you leave your fake father to be with your mother and make her happy.
マンフレッドはドイツ人でした。NATOの元将校で、軍人のお父様と、サイキックなお母様の間に生まれ、歴史と日本の相撲が好きでした。わたしには父のような人だったので、彼の訃報と一緒に、わたしの中の何かがごっそりなくなりました。マンフレッドがそんなわたしの夢枕に立って、言いました。
- 自分はもうここにはいないんだ、マキさん。わかっているな。パートナーにいい子にするんだよ。
I am not here any more, Maki-san. You know that, na? So you have to be a good girl to your partner, OK?