Beds are burning

Date

初めてフィリピンに来たばかりの1990年代、わたしは映画や音楽が政治的な目的で使われることがあるとあまり認識していませんでした。映画やテレビ、歌謡曲は娯楽であってくだらないという考えの家庭で育ちました。政治的メッセージを発信するのに映画や音楽を使う人たちがたくさんいることを認識するまで何度か恥ずかしい思いをしました。その最初の経験が、これでした。

セブシティやメトロマニラなどのナイトライフを体験してみると、ローカルのバンドがライブ演奏する場所で飲み物を飲んだり、音楽を楽しんだり、ダンスをして過ごす楽しみ方があります。わたしはそういう人たちとのお付き合いがあったので、何カ月間か有無を言わさずライブハウスに通わされました。その時に流行っていたバンドが良く演奏していたのが〝 Beds are burning〟 でした。

自分の働いていたコンティキダイバーズに来てくれたオーストラリア人のお客さんに「Midnight OilのBeds are Burningを聞いたらとてもカッコよくて、気に入った。オーストラリアのバンドでしょ」みたいな話をしたら「それはアボリジニの人たちの土地を白人が勝手に入って行って使っているから、返そう。賃料を払おう。寝ているベッドが燃えていたら寝られないだろう、という歌なんだよ。分かる?」と言われました。わたしが発していたエネルギーと、相手の発したエネルギーの違いに、人間として恥ずかしいという気持ちを味わいました。

わたしは、ネイティブアメリカンやアボリジニのように先祖から伝わってきた土地を外から来た人に取られてしまったという体験がありません。カナダで起きているようなアボリジニの女性だという理由で連続殺人犯の手にかかったりする心配もありません。そして、義務教育を当然のこととして受け、その後の継続教育も当然のこととして受け、さらにエリートの人たちが受ける教育を自分が受けられなかったことを、親の経済力のせいにして恨んだりしました。最近ではミッシェル・オバマ大統領夫人が、すべての女の子に教育の機会を与えようと運動しています。お陰でわたしが教育を受けられたことは幸せなことであったと再認識しました。

あれから20年近く経ちました。恥ずかしいとか、わたしは至らないとか、あの頃に戻ったら別の答えをしたいとか、そういう思いをしたことは、やっぱり成長のきっかけだったな、お陰で自分が新しくなったなと思います。

More
articles

優秀な通訳、溝をつないで次のステージへ

優秀な通訳チームはどこにいる?

P社というフィンテック企業で働いていた頃のことを、しばしば思い出します。 数ある通訳の現場の中でも、あの時期が特別だったのは、「優秀なチーム」を全員が作っていたからです。では、どうやって?

それでも逐次通訳が大切な理由

最近の通訳界にもAIの技術が押し寄せてきています。AI字幕、瞬間翻訳ガジェット。
そんな中でも、「逐次通訳」はまだ現場で求められていて、その理由を日々感じます。発注側が設計側に説明するとき、通訳者の訳し方と、その回答を確認しながら話を進めたいようなのです。会議の効率化のため、同時通訳を提案したいときもありますが、逐次通訳を続けている理由も、事情もあります。

A社商談での現実体験

その日の通訳は、ドメイン外だった。テーマは A社と設計ツールの導入商談。 しかし設計の知識も、CADの実務経験もゼロ。
しかし、商談成立までたどり着けた。
繰り返し自分に言い聞かせていたのは、3つの「言霊」だった。