自分の人生は喜劇と決めている

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今日も、斎藤一人さんの「一日一語 斎藤一人三六五のメッセージ」が題材です。

時代背景がありますのでね。わたしの人生観もいろいろ変わりましたけどね。でも、世の中、いくつかのことは変わらないと思うのですよ。その変わらないことを教えてくれるのが斎藤一人さんだと思うんですね。例えば、「自分の人生の脚本は自分が書いているから、喜劇だと決めたらずっと楽しい」みたいな。

小学校の時、わたしは体が小さくて、身長順に並ぶ時にいつも一番前か2番目で、3番以降になったことがありませんでした。騎馬戦ではいつも一番上、人が乗ったタイヤをロープで引っ張ってリレーをする競技では、タイヤに乗る役でした。

ある年の運動会、わたしは、タイヤリレーでタイヤに乗り損ねました。後ろから追いかけて走ったのですが、冷や汗ものの事態でした。そんなわたしの姿が、母には忘れられない喜劇だったようです。小学生のわたしには、何が喜劇だったかわかりませんでした。

確かそのころだったと思うのですが、母は「今が一番いい」を繰り返して言うので、「だったら、お母さんも学校に一緒に行こうよ」と言ったような気がします。母は「行かないよ」と言いました。子供心に、大人は言うこととやることのつじつまが合わなくておかしいと思いました。

長女だったので、その後真面目に育ってしまいました。そしてフィリピンに移住して、フィリピン人はもちろん、ドイツ人やらスウェーデン人と一緒に働き始め、イギリス人やアメリカ人とも交流が始まったら、人生感がそれぞれ全く違うので、驚きました。端的に言って、日本人、まじめの度が過ぎて、暗すぎでした。わたし、変わらなきゃ~と思いました。

トライシクルやタクシーに乗る時、フィリピン人はみんなうそつきだと思っていました。日曜日に教会で懺悔したら許されるから努力をしないと思っていました。

スウェーデン人は肌の色が透き通るようで、きれいな金髪に海のような青い目で、その外見には憧れました。でも男女ともにタトゥーをデカデカと入れていたり、お酒を浴びるように飲めたり、噛みたばこの利用者が多くて、ワイルドなんだか、すてきなんだか、つつましいんだかわかりませんでした。

ドイツ人はごつくて真面目で、いい人達で、ちょっとお涙頂戴なメンタリティだと思いました。

イギリス人は、よく口が動いて、ひっきりなしにしゃべると思いました。しかし、音楽やファッションに何かとても惹かれるものを感じました。

そういう人達との日常の中で、わたしが置いてきた日本や、日本の家族は、まじめで、重くて、面白くなくて、憂鬱なつながりでした。

あの時から、わたしが自分の人生の脚本を書き換えていいのだと知っていたら、「ティファニーで朝食を」をみたいにしたかな。「ファーストマン」みたいにしたかな。「ジュマンジ」みたいにしたかな。

全部かもしれないです。フィリピンと日本ですからね。

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