皐月空朝土手で聞くひばりの歌

Clear day in May
Hear at a bank in the morning
Song of skylarks

どんな山でも
「ちょっと上へ」「ちょっと上へ」って
向かっていけば、
必ずてっぺんに着いちゃうの。

ひとりさんの一日一語 (令和編)

わたしが小学生の頃、電車にパンタグラフが着くようになりました。入れ替えの時期はパンタグラフが珍しかったので、「見られたらラッキー」で、そういう電車のモデルが通ると、グループで追いかけたりしました。それ以来、ゲーム感覚でなんでも、見えたらラッキー、遭遇したらラッキーと自己暗示にかけてきました。フィリピンには、トッコーというゲッコーの仲間がいて、トッコー、トッコーと鳴きます。これが7回繰り返すのを聞いたら、ラッキーとか言ったものでした。

ゲーム感覚でやっていたことだったんですけどね、自分のラッキーを目の前のことにゆだねて、知らない間に自己暗示にかかけてしまっていたんですね。

一見罪のないラッキー探し。多感な青春時代には、「好きな人と両思いになりたい」と思ったり、好きな人から可愛いと言われたいと占いに頼ったりもしました。思った通りにならない時、「呪術」で、現実を変えたいと思ったりしたこともありました。またエンジェルタロットカードの使い方を勉強して、自分を魔女と呼んだ時期もありました。

わたしの人生、わたしの現実がどれだけ目標から遠かったとしても、諦められないから目標なんだからさ、それがどんな山でも目指していたら道中はラッキーだらけで「ちょっと上へ」「ちょっと目的に近く」行っちゃうんですよね。神様が用意してくれるてっぺんはもっとすごいんでしょうけどね。

ところで、わたしがここで書いた目標は神様から応援されるような目標のことね。神様とつながって、自分の中に一本筋が通った気がするような目標です。ソウルメイトを見つけるとかは、友達から応援されるような目標ですね。大体誰でも、前世で約束してきてるソウルメイトの10人ぐらいにはもうとっくの昔に出会って、そのうち何人かは役目を終えていなくなっていたりするケースもあるのに、認識してないだけだから、と魔女のわたしが言う。

銀座まるかんの新商品、水龍を飲んでみています。

おいしいし、たくさん飲みたくなります。体の変化を感じていますが、うまく言葉になりません。初日は1包の半分だけ飲みました。翌日の朝から数日お腹が痛かったのと、くっさいオナラが多発したのが印象的でした。オナラは今は落ち着きました。小学生の頃から、ストレスや緊張で下痢する性質でした。思えば、大腸弱く生まれたんですねえ。一番最初に水龍さんが喝入れてくれたところが、大腸でした。

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