介護するあれこれでさえ若いが楽

Nursing, too,
Comes with this and that.
Easier when young

―芦川勝代の詩―
そよ風にゆれる花
空を飛ぶ鳥
私の愛する人
このすばらしい人生
燃え尽きるまで

ひとりさんの一日一語 (令和編)

今朝いつものようにパートナーがつけっぱなしのテレビから認知症の親の介護にかかる費用を子供は親の口座から引き出せないという話が流れてきました。当事者の弁として、介護のベッドでも60万(?)はするので「非常に厳しい」と流れていました。

わたしは30代の時にその問題に直面しました。30代ですからね、「絶対無理!死んでゆく親の介護のためにわたしに死ねっていうんですか?」と思っていました。わたしは介護のベッドのような便利性の出費のことではなく、母の生活費を出すことによる自分の生活を心配していました。世の中がわたしに「母親の面倒を見て自分は犠牲になりなさい」と望んでいるのだと思った時もありました。わたしが自分自身について、母を犠牲(!)にして生き続けるだけの価値があるのかわからなかったのでした。

今から思えば、そういうわたしを心配して、医療や介護のプロの皆さんがそれぞれ時間をとって、介護する家族の考え方、心の準備、できるだけ親戚や家族に広く相談すること、誰とは言えないがよそのお宅でもやっているこんなことなどを教えてくださいました。そして結局、何とか看取ることができました。

法定代理人、成年後見人などの言葉を初めて聞いたのも30代でした。成年後見人の制度は文字通りに母を守るためのもので、わたしを守るものではなかったのでした。わたしを守る制度は要介護度の制定、ケアマネジャー、特養など他にたくさんあって、それがあったからこそ母を介護して、看取ることができたんですが、あの時は「暗黒時代」で、自分もがん性の病気になったときで人生の終わりが始まったのだと思いました。

おかげで明らかに成長しましたよ。介護のあれこれで情動が動かされてしまう人達に温かい言葉が言えるようになりました。経験て、思いやりのある人になって、困ったり迷ったりして情動に突き動かされている人達に聞く耳を持ってそばにいてあげたり、手を差し伸べてあげられるようになるためのものですね。

わたしは子供がなかったので、若いうちに親の介護できてよかったですよ。情動を助けたい、親身になりたいと思っても、受け取る方に相当フィルターがかかっていたりします。相手が若くたって、フィルターはあるんですが、40代、50代はフィルターだか、地雷だかわからないときもありますしね。自分の情動は「ひねり」が入っているって、自覚しておくといいかもしれませんよね。だからこそ一人さんが言っているように、ふわふわと言ったり、人のために幸せを祈ったり、九字切したり、町のごみを拾ったり、明るい装いをして、明るいことを言うべきだなって思うんですよ~。

頭に天国言葉。心に感謝。体に栄養。顔につやを出して、無明の世界に生きている人の光になろうとすると、体が動いて脳が正常に動かないとね、助ける側になれないからね。今日は顔パワーファンデーション シミ・そばかす用をお勧めします。薄くつきます。自分はシミがないので、よくわかりませんがカバー力もあるみたいです。わたしは健康的に日焼けしていたいので、仕上がりの色が自分に合っています。色白な方はTゾーン用があります。コスパがいいです。在宅勤務のメイクは不要と言えば不要ですが、ファンデーションが決まると、自分に踏ん張りがききます!

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